2016年2月21日日曜日

娘との山登り



初めて娘を背負って山を登ったのは、娘が6ヶ月になる頃だった。


たしかもう9キロくらいになっていた娘を背負い坂道を登るのは楽ではなかった。最初はすぐに息が切れた。心拍数もあがり汗もかいた。

重い。自分の身ひとつで登るのとは訳が違う。

9キロの身体に加え、ミルクの準備、おむつや着替え。転んだりなんかすれば、私だけじゃなくて娘にも怪我をさせることになる、というプレッシャーもついてくる。

でも、もう登りはじめた山。誰に強制されて登っているわけでもなく、私が好んで選んだ山。後戻りしたり、諦めたりはしたくない。

そんな思いで一歩一歩、土のやわらかさと背中の重みを噛み締めながら登ると、最初の息切れや動悸はだんだん和らいでくる。ああ、人間ってこうやって慣れていくんだな。最初は「絶対無理だ」なんて思うことでも、やっていくうちに、慣れて当たり前のようにできるようになっていくんだな。

そうやって一歩一歩の作業を続けていると、いつの間にか自分でも気づかないうちに遠く、高いところまで来ている。いつのまにか平らな道に出て、いつのまにか頂上に達し、いつのまにか最初は到底無理だと思っていた行程を終えている。

そしてそうやって行程をひとつ終える度に、なんだか妙な自信がつくもので。

「できるじゃないか」という自信がパワフルな感情となり、また次の山へと足を運ばせる。

それから今に至るまで、たくさんの山を彼女と登ったけれど、今では彼女も「山登り〜!」と楽しみにするようになった。日に日に重くなる彼女を背負いながら、重いな〜もうそろそろ無理かな〜と挫けそうになる時も、彼女が歌を歌ったり話をしたりして励ましてくれる(本人は励ましているつもりではないのだろうけれど)。この娘がいるから、登れるんだろうな、なんて思い、次の山を探す。





名古屋でのこの2年半の研究と生活も、同じようなものだった。

振り返ると、ただただ目の前のこと、自分にできることを精一杯にやってきただけだった。

研究だって、他の人たちと比べると圧倒的に使える時間が少ない中で、特別に優れたことなんてできないし

子育ても、周りとはかなり違った環境でする中で、周りからの「こうあるべき」という期待には答えられないことがほとんどで。

でも、そんな制約のある状況の中でただただ、自分にできるベストのことをやっていこうと思って進んできただけ。

ただ、そんな平凡な努力を見出して認めてくれる人もいるようで。

最初は懐疑的だった(というか、心配してくれていたのかも)保育園の先生も、最後には「お母さんとちゃんなら、どんなところでも大丈夫」と信じてくれるようになったし

最初は遠慮気味だった同僚や友達も、最後には娘のことを本当に大事に思ってくれ、惜しみなくサポートをしてくれた。

そして、4年前に初めてライデン大学に留学した時から最も尊敬している先生が、私の研究の様子をみとめて、「こういうPhDのポジションがあるんだけど、アプライしてみたら」と、internal PhD(オランダの大学では、internal PhDexternal PhDがあり、internalのものは大学に雇用されて働く、という仕事という形になる)のポジションを紹介してくれた。





こうやってまた場所を変え、環境を変え、周りの人も変わって、また山を登ろうとしているのかもしれない。

外国だし(私はオランダ語は話せない)、私の分野での専門家が集まるので、学術的にもレベルが高く、名古屋よりもハードルは高そうなのだけれど、なぜか名古屋で始めた時よりも不安は少ない。

それはきっと、「やってみればなんとかなるじゃないか」という自信と、娘と一緒なら大丈夫、という安心感のおかげなのだと思う。

娘はもうすぐ3歳。あの頃赤ちゃんだったのが、今ではもう立派に考え話す聡明でひょうきんな女の子だ。

きっともうすぐ、山も一人で歩けるようになる。彼女に「早く早く〜」と引っ張られて登るようになるのも、もう時間の問題なのかもしれない。

オランダは海抜0メートルの国。週末にハイキングに行ける山はないけれど、自然が豊かで美しい国だと思う。この新しい土地で、彼女と一緒に、一歩一歩私たちのペースで歩いていけたら、と願う。

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