2016年10月13日木曜日

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オランダは夏が終わったと思ったらもう冬が来たような気候で。

日も短くなり、仕事場を出る6時頃にはもう薄暗く、朝も私たちを自然の光で起こしてくれていた朝日が出るのは8時頃。

私の目覚まし時計である娘の起床が少し遅くなったので、私も以前より少し遅くベッドをでて朝食の準備をする。

最初の頃は不安そうで嫌がっていた保育園も、先生にも慣れ、友達も増え、言語も話せるようになった今は楽しみにして行っている(もちろん、まだたまに「ママがいい〜〜〜」と泣くけれど)。

私も、「気のおける」友達が増え、職場でもやっと自信と手応えがついてきた。同僚が集まる場で発言するのも怖くて自信がなかった、自信がなかったから無理をして長時間オフィスに残っていた最初の頃と比べたら、かなりの進歩。

PhDの3年目くらいにできたらいいな、と思っていた講義も、なんだか突然任されて修士の学生を相手に講義をしてみたり

職場の機関の小さなプロジェクトを任されたり

無理して話題を探さなくても気軽に立ち話をできる(始めの頃は立ち話がすごく苦手だった)同僚が増えたり

そんな小さなことが心地よくて、嬉しい。

朝自転車に乗りながら、河川の近くにいるアヒルたちが何をしているのか娘と話したり

夕方はいろんな色に染まる空をみながら、「きれいだね〜」と何色がみえるか話あったり

きっと質素でシンプルな生活だけど、それがとても心地よくて幸せで。

ブレイクスルー、というか、あ、最初の山、とりあえず登りきったな、という感じがする。

ほっとする間もなく、インドネシアでのフィールドワークの準備を始めなければならない。

家を決めて、シッターさんやお手伝いさんを探して、学校の手続き、ビザ、保険や予防接種・・・・

オランダに来るためにしていた準備と同じように、また山積みの「不確定事項、要検討事項」。

は〜せっかくこの土地に慣れてきたのに、また引越しかあ。

というのが本音。でも、これは私の研究のために必要なことで、それは前からわかっていたこと。わかっていて、それでも娘を連れていくと決めたのは、私で、準備が何倍も大変になっても、その決断は全く後悔していない。

でも正直、保育園のお迎えの時に、仲のいい友達に「バイバイ〜!」といってハグをしにいくのをみたり、オランダ語や英語をうれしそうに話しているのをみると、

あ〜また新しい土地で新しい学校、新しい言語にさらされるの、かわいそうかもしれない

という思いがよぎる。

同じように移動が多い研究者の先輩ママさんが息子さんのことを「最初は誰にでもすっごくフレンドリーなんだけど、彼は誰に対してもあるところで壁をつくるみたい。」と言っていたのを思い出す。

彼女にとって「安心できる」人間関係や場所は、果たしてできるのだろうか・・・。

そんなことを考えていると、なんだか見透かしたように娘が家の話をし始める。

「インドネシアのお家の話?」と聞く私に「うん!」と答える娘。

「クリスマスはぱぷう達とパリでお祝いして、それから日本に帰ってばあば達と会って、それからママとはインドネシアにいくんだよ。大丈夫?怖くない?楽しみ?」

「うん!それで?」笑顔で聞く娘。

「それから、またオランダに戻ってくるよ。」

「わかった〜!」とまた笑顔の娘。

ああ、そうだった。

ヨーロッパにいるパパに娘を任せて一人でフィールドワークに行く選択肢もあったのに、それでも連れていくと決めた時、場所や友達や言語が変わっても、私自身が娘の「ホーム」でいようと決めたんだった。

娘の笑顔に、「ママと一緒なんでしょ?だったら大丈夫!」という言葉を見た気がした。