2020年1月6日月曜日

帰路にて

今回の日本滞在は娘と日本の繋がりという意味で実りの多いものだった。

オランダでは、2019年に始めた進研ゼミの教材などでひらがなやカタカナを頑張ってやりながらも、学校でのオランダ語の読み書きとも重なりどうしても日本語は彼女にとって優先順位が低くなっていた。2021年ごろに一年間日本の小学校に「留学」させようと企んでいることもあり、今回の日本滞在で何かきっかけになることがあれば、と思い、家族にも日本語を徹底してもらうようにして私抜きで(私がいると英語にスイッチしてしまうので)それぞれ家族と過ごしてもらう時間もかなりつくった。

3週間の滞在が終わり、帰路に着く空港で、私の目をまっすぐ見て、何を言うのかと思ったら、いつも私には英語で話し日本語で話すのを面倒がる娘が、少したどたどしい日本語で、「わたし日本語はなすのがんばる。」と言うのだ。それだけでも胸がいっぱいになりながら、なぜそう思ったのか聞くと、「まこちゃんとばあば大好きだから、いっぱいお話したいから。」とまた日本語で答える。

空港まで来てくれた家族に見送られる時は泣かなかった彼女が、飛行機の中に入ってひと段落すると私の膝の上に顔を伏せる。私に甘えるような形で、でも私に見られないように、泣いている。どうしたのと聞いても大丈夫、という。どうした、泣いてもいいよ、というとばあばとまこちゃんがいないのが寂しいとぼろぼろ涙をこぼす。彼女の気持ちを思うと、そして日本での安穏日々とオランダでの忙しく厳しい生活のコントラストを思うと、私も泣けてくる。今までもフランスの家族と日本の家族とも別れる時はこういうことがあり、その時は、また次会えるから、とかスカイプしよう、とかいう慰めをしていたように思う。でも今回は、私も彼女と同じ気持ちだったからか、こんな言葉が出た。
「なんで悲しいかわかる?それは、まこちゃんとばあばのことが大好きだからだよ。大好きだから離れると悲しいし寂しいけど、そうやって大好きな人がいることはすごくいいことだよ。」



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飛行機の中では遠藤周作の沈黙を読んだ。キリスト教の話ということで、宗教にあまり個人的思い入れのない私は入り込みにくいかな、と思ってあまり期待せず読んだのだが、さすがの作家...宗教関係なく繋がるテーマが散りばめられており、すごく印象深い本となった。表題の通り、沈黙、日本において信徒がむごむごしく迫害される中で救いの手を差し伸べないキリスト教の神の沈黙、というのが核心的なテーマとなってくるのだけれど、最後には、それも神の愛のひとつだという結びになる。つまり、「愛とは、苦しみや悲しみを取り除くことではなく、それを共に感じ共有することである」と。




日本で家族のいるところでぬくぬくした休暇を過ごした後は、オランダに帰って彼女と二人の暮らしに戻ることへのとてつもない不安と孤独に襲われる。フランスでの休暇から彼女が戻ってきて、ある意味気楽な一人の時間から彼女と二人の生活に戻る時も、似たような不安を感じる。それはもちろん一人だと不安だから、という風に説明もできるのだけれど、掘り下げていくとそこにはプレッシャーや責任といったものが出てくる。娘のことが大事で大切で仕方がなくて、その尊いものを一人で守る責任の重さに胸がつぶれそうになるのだ。守るというのは生命や健康を守るという基本的なところはもちろん、彼女が産まれる時に私が彼女にした「彼女を幸せにする」という約束を守ることでもあった。幸せにするというのは今だけじゃなくて、将来のことも含めてなので、今私がしていることもしくはしていないことで、何か彼女を傷つけてしまい将来の幸せにダメージを与えていたらどうしよう、と、常に怯えながら彼女を育てていたように思う。

実は去年、彼女との関係をもっと良くしたいと思ってゲシュタルトセラピーというセラピーを何度か受けた。そこでその話題になり、その時の先生に、「子どもを幸せにする、っていうのはあまりにも難しい約束だ。幸せにする、っていうのは無理な約束だから、ただ愛する、ということで十分だよ。」と言われたことは目から鱗だった。

人生、苦しいことも悲しいことも山ほどある。人を愛するなら、必然的に辛さや悲しさもついてくる。誰かを愛すれば、その人を何らかの形で失う痛みを受け入れる形で生きていくことになる。例えば私は今年85歳になる祖父のことを昔から慕っている分、小さい頃から今までずっと、彼を失う恐怖と生きてきた。特に最近は高齢になり会うたびに弱っていくのをみながら、もしかしたら会うのはこれで最後かもしれないと覚悟をしながら毎年別れる。でもだからといって、彼を愛するのを止めるなんてことはできないししたくない。

そうやって生身の心をもつあたたかい人間として生きるためには、苦しみや悲しみはつきものであり、愛とは、その人が悲しみ苦しんでいる時に側にいて共有することなのだと。去年のセラピーでなんとなく感じ、頭でわかっていたことが、飛行機での会話で実感し、沈黙を読んだことで言語化されはっきりと輪郭をもった。

私自身も強がりでなかなか自分の中の脆い部分を認められないところがあるけれど、寂しい時は寂しいし、不安な時は不安だ。「強い者が弱い者よりも苦しまなかったというわけではないのだから、強い者も弱い者もないのかもしれない。」これも沈黙の中で印象に残った一節である。 

つまり、こういうことなのかもしれない。強さも弱さもないのだから、苦しみや悲しみはただそれに寄り添えばいい、それが唯一可能な愛の形なのだから。

2020年1月1日水曜日

2019年の振り返りと2020年の抱負

今年は、いつもに増してあっという間に過ぎた年だった。

忙しかった、というか、まっすぐ前を見て進み、充実した年だったからかもしれない。
  
集中して取り組んだもののひとつは、博士論文。夏以降の数ヶ月は仕上げに費やし、仕上がったものが今reading committeeの手にある。トラブルが起こらなければ2020年春にはディフェンス(口頭試問を兼ねた学位授与式)ができるはず。

ふたつめは、一からつくりあげた講義。日本の法と社会という新しいコースのための資金を集めた同僚が重い病気になってしまい、彼の代わりにそのコースの設計から講義まで担当してくれないか、と2月頃に打診されたのが始まりだった。私の専門はインドネシア法や人権法で、日本法は専門外、それにコースを一からとなるとかなりの時間を費やすことになるので博士論文の仕上げと両立していけるのか、と今思えば懸念要素もたくさんあった。けれど、その時はビックリされてしまうほどすぐに、「やります」と答えていたように思う。

そうやって「専門外」としてはじめたコースだったけれど、コースのラーニング・オブジェクティブ、トピックを考え、文献を探し、読み込み、選び、シラバスをつくっていく中で、なんとなく「しっくり」くる感覚を覚えた。

というのも、今まではたぶん日本人としてライデンで「インドネシア法」を研究することに対して感じていたほんの少しの違和感があったのだと思う。インドネシア法の研究は楽しいし、インドネシアという国も好きだし、インドネシア研究をする同僚は好きだし、インドネシア法を研究するならライデンは最適な環境なのだけれど、「なぜ自分でなければいけないなのか」という理由は見当たらなかった。インドネシア研究をしているインドネシア人もオランダ人も周りにたくさんいて、その中でそれに加えてなぜ私なのだろうと、心のどこかでひっかかりを感じていたのだと思う。それに比べて、日本法、特に日本の法と社会をオランダで教えられるのは、本当に数人しかいない。それに、オランダで日本の法と社会を教えたい、という志半ばで病気になってしまった同僚の思いを前進させられるのは私しかいなかった。

だからそれが降ってきたもの、使命みたいなものに感じたし、そういったものに取り組むのもしっくりきた。私は、「こうやってキャリアを積んで、こういった方向に進んで・・・」と計画してガツガツと達成していくよりも、与えられたことを全うしている人の方が、美しいと感じる。そういう意味で欲のない人が好きだし、自分もそういう風に生きたいと思う。

結局そのコースには55人(定員人数50人を超える大盛況・・・)の生徒が集まり、12回の講義が終わる頃には生徒全員の顔、名前や特徴がわかるくらい生徒ときちんと向き合えたと思う。課題も多くかなりdemandingなコースだったと思うのだけれどドロップアウトする生徒も少なかった。

今年を振り返ると、他には、
今まで数年借りていた家を買うことになり(職場の人や娘の父親にもかなり協力・相談させてもらった・・・ありがたい)。
次のポジションも決まり(新しい研究をかなり自由にさせてもらえるのと、今までの講義の担当を継続する)。
そうだ、テニスも本格的に再開して、トーナメントなどにも15年ぶりに出場した。その繋がりで、仕事・大学以外にも人間関係が広がった。

娘への愛は、フランスの家族と日本の家族と共にあたためた。愛し愛されることができる子に育っていること。健康であること。それが一番大事で、それさえあれば他は要らないと思う。他の彼女が優しく賢い子に育っていることなどは、すごく幸運なことであると、ありがたく思う。彼女と、そして彼女に愛情を注ぐ人たちと、一緒に人生を歩めていること以上の幸せはないと思う。

そんなところで振り返りは終わりにして、2020年の抱負。
1)堂々とする。

今、自信がないかあるかといえばあると思う。自信があっても、謙虚でありたいという思いが邪魔してか、それを進んで外にみせるようなことには抵抗があった。でも、自信をもつことは過信や傲慢とは違うし、堂々とすることもまた、傲慢になるのとは違う。自分の能力や価値、自分の考え、行動、生き方に堂々としていればいい。そして堂々とできるように、自分にとっての価値に忠実に生きる。自分が信じていることを信じていい。でも頑なに頑固になるのとは違って、異なる意見、他の人の意見には必ず真剣に耳を傾けてオープンではあり続けたい。

自分にとって価値に忠実に生きる、とは他人の価値ではなく自分のとって価値のあることに拘ることでもある。ここ数年ではっきりと気づいたのだけれど、娘を産んでからかな、それから今まで私は「証明する」ことにかなりのエネルギーを費やしてきた。「若くして産んだから」とか「未婚の母だから」とかいう理由でごちゃごちゃ言われたり偏見を持たれたりすることを(勝手に)恐れて、「それでも」経済的に自立してやっていける、キャリアも積める、諦めなくていいし、子どももきちんと育つ、と、周りの人に「証明」したかったし、そのために肩肘はって頑張ってきた。そういった努力が悪かったとも、無駄だったとも思わない。むしろ今までは必要だったのかなとも思うし、そうやって努力し続けることができて結果も出せた自分と、そしてそれについてきてくれた娘は誇らしく思う。でもそうやって何かを「証明する」ために費やしたきたエネルギーを、これから「自分にとって価値のあることのため」に使ったら、もっと楽しく、もっとポジティブな生き方ができるんじゃないだろうか。

2)他人にポジティブな影響を与えられることをする。

そうやって自分の価値に忠実に、楽しく、ポジティブな生き方は、自己中心的な生き方なのだろうか?堂々と自分の道を進むことは、自分を中心に生きることであっても、他人を顧みない気にかけない自己中心的な生き方とは違う。自分のために、自分の価値のためにする何かが、他人にポジティブな影響を与えていればすごくいい。そして自分の価値に忠実に気持ち良く生きている人は、周りにもポジティブな影響を与えることになると思う。自分が楽しくないと、本当の意味で他人に良い影響を与えることはできない。自分を幸せにできない人は、他人も幸せにできない。関わる人に、なんらかの形でポジティブな影響を与えられるようにしたい。それは優しさをもって接することだったりとか、目の前にいる生徒に新しい視点を魅せることだったりとか、偽りなく素直に人に気持ちを伝えることだったりとか。それはやる気のない生徒でも、やる気のある生徒でも、不機嫌そうな通りすがりの人でも、同僚でも、友達でも、愛する人でも、家族でも、同じこと。それは全ての人に対して同じように接するということではなく、どんな形の接点でも関わりでも、相手が発するものがネガティブでもポジティブでも、私から他人へ発するものは、ネガティブよりもポジティブなものでありたい、ということ。そしてそういう形で目の前の人を大切にすることで、人を大切に、縁を大切にすることにも繋がるはず。

3)頭じゃなくて、心や直観で決める。
 
仕事柄もあり、頭を中心に生きることが癖になっているのだけれど、人生の中心を少し心におろしてこようと思う。もっと心や直観を使って生きる、そして大切な決断をする。心で生きるために頭を使う。

2019年1月2日水曜日

2019年の抱負



「書く」ということの力はすごい。

毎年、年の節目には次の一年の抱負をここに書くことに決めている。大概次に抱負を書く1年後には何を書いたかぼんやりとしか覚えていないのだけれど、1年を振り返りながらその抱負を見返してみると、そういえばできていたな、というふうに感じるものが多い。

1年前に書いた抱負3つ。
1)自分の内面に目を向けること。
2)感をすること。
3)自然体でいること

自分の内面に目を向けることで、自分の限界もなんとなくわかるようになったけれど、そうすることで逆に自分にできることとできていることも見えるようになった。そして、自信がついた。母として、研究者として、講師として、生徒として、女として。我武者羅に走って来た道を、振り返ってみたら、いつの間にか結構なところまで来ていたーそんなに焦らなくても目標にたどり着けそうだ、という、私自身が山登りをしていてよくある状況。自信がついた、というか、自分の力を認められるようになったら、仕事をする上でも「背伸びをしている」という感覚がなくなった。自然体で、等身大で、仕事をしていると、リラックスして仕事をできるようになり、そうすると今まで以上に成果を出せるようになった。周りの多くの人からも認められるようになった。こうしてするすると縄がほどけていくように、自信の循環が生まれた。


だから2019年の目標は次の3つにしようと思う。

1)アウトプットすること。
今までたくさん調べ、読んで、考え、あたためてきた自分の研究。ここ3年はインプットの部分が多かったけれど、今年(PhD最後の年!)はアウトプットを意識した年にする。アウトプットといっても書いたり発表したりというのは今までもやってきたけれど、そういった過程でだんだんとはっきりとしてきた自分の考えを、より多くの人に、アカデミアだけじゃなくていろんな業界の人に、積極的に発信していく。人に伝えようとすることで自分の考えがクリアになっていくように、発信を意識して制作に取り組むことで作るものの質もあがると思う。それは自分の取り組んでいることがそれぞれ他の人にとってどういうふうに役立つのか、どのような価値を生み出せるのか、ということを意識してアウトプットすることだから。

2)丁寧に生きること。
いつだったか、友人に「いつも走ってるイメージがある」と言われたことがある。中高時代の友人だから、昔からそうなのだろう。たしかにそれはそうで、走り続けられることは大きな強みでもあるし、娘が産まれてからのここ数年は走り続ける他になかったのかもしれないとも思う。でも歩調をゆるめることで見えてくる景色もあるわけで。一度にいろんなことをしようとするよりも、目の前のこと、もの、ひとに心を注ぐこと。いろんなことを考えて「心ここにあらず」になってしまうよりも、自分の五感が感じることに目を向けてみること。仕事でどうしても頭ばかり使いがちなので、その他の生活分野ではでは体を意識した活動をしてバランスをとりたい。あと、これは「自分のやりたいことをする」という目標にも関係するのだけれど、それは、頭でこねくりまわして考えるよりも、体を意識して直観を信じる方が、「自分のやりたいこと」に近づけると思うから。大学との今の契約もあと1年ちょい。PhD後のことも考えたり人と話したりし始めている時期。自分が信じる道、自分がやりたいことにはっきりと気づいてあげるのが大切が時期でもある。

3)気持ちよく頼れるようになること。
私は昔から人に頼るのが得意ではない。人を助けたり役に立ったりするのは楽に自然にできるのだけれど。でも、人の助けを借りずに生きてきたかというと、そういうわけでは全くない。毎年のことなのだけれど、去年も、本当に人に助けられて支えられて生きていることをひしひしと実感した。ただ、それでも頼るのが苦手というのは、助けてもらうとなんだか悪い気がしてしまうということだ。だから信頼できる周りの人に助けてもらっても、心から「本当にありがとう、嬉しい!」という気持ちでは感謝できていないと思う。どちらかというと、「迷惑かけて申し訳ない、ありがとうね」という感じ。助けを求めることもなかなかできずに限界まで自分一人でなんとかしようとしたり。だから、たまに人に頼ること助けを借りることが上手だな、と思う人をみると、いいな、すごいな、と感じる。そういう人は、人に甘えておんぶに抱っこしてもらっているというわけではなく、助けを求める相手を「助けてもらっている」とみるのではなく「協力者」にしてしまう才能がある。そういう風に頼みごとをして接して感謝すれば、私自身も相手も気持ちよい良い「協力関係」が築けるのではないだろうか。





2018年4月25日水曜日

節目


娘が5歳になった。

5歳になったからといって何かが劇的に変わるわけではないのだけれど、母親としてはやはり感慨深く、節目を迎えたような気持ちだった。

同時に、私も母親として5歳になった。

今まで女性として、自分という人間として27年間生きてきたけれど、母親としての私はその体に生命が宿ると同時に産まれる。


私は一人でこの子を育てていくと決めてから、ずっと一人で責任を負って育ててきたような気分だったけれど、そう、孤独を感じた時もあったし一人で担う責任の重さに怖くなったりでも一人の分楽なこともあったり誇りに思ったり。

でも、最近それは違ったんだなあと気づいた。娘は私以外のいろんな人いろんなものいろんな環境に育てられてきたんだな、と。

それに気づくのは大きな出来事があってとかではなく、ほんとうに何気ない日常のワンシーンだったりする。例えば、仕事が終わって保育園に迎えにいくと扉から見えた、娘が先生と横に並んで座って文字を書いているシーンだったり。娘の誕生日会で友達と諍いがあって泣く彼女を「ここは私に任せて」といって友人がなだめ役をかってくれたシーンだったり。

今日は、娘のことを普段からよくみてくれている先生が、「今日はね彼女が男の子の人形と女の子の人形で遊んでいて、他の子が、『はパパが2人いるんでしょ』と言ったのに対して、彼女は『私のパパは1人だけ。他の人はパパじゃなくて、ママの友達だよ』と答えていてなんだか感心したんです。ちゃんとよくわかっているし、そのことがもうストンと腑におちて納得しているというか。ネガティブな感情とかもなしに。」そうなんですよね、子供はそういう点で柔軟ですよね、私の方がまだ、彼とお別れすることになったことについて彼女に対して罪悪感を感じていたり、周りのジャッジメントが怖かったりするんですよね。なんて少し弱音を吐いていると、先生は「でも彼女は守られて安心して成長しているのがわかる子ですよ。周りの意見なんて気にしなくていい、あなたと彼女の人生なんだから。」と。ああ、一生懸命生きていれば、何も言わなくても、無理にわかってもらおうとしなくても、こうやって見ていてくれる人がいるのだと、こうやって、私の知らない間に娘はいろんな人に育てられてきてこれからも私の知らないところでいろんなことを学び育っていくんだな、と。


5歳になった母親の私も、ひとつの節目。

何が何でも私が守らなければ、と常にガチガチに防御を固めて守ってきた私と娘の安全地帯。絶対に私が彼女を幸せにしなければ、と責任を全部背負って肩肘はって進んできた道のり。

その守りを少し緩めるのは、全て私が背負わなくても、常に守りの状態にいなくても、なんとかなる、と、 周りの人や人生に対する信頼をするということ。



家の庭にあった鉢植え。冬の間は生命の気配なんてこれっぽちもなかったのだけれど、急に暖かくなった先週にひょこっと新しい芽が生えてきていた。娘と一緒に喜んだ。美しくて、強くて、この先が楽しみだ。
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2018年3月25日日曜日

信念

人間って複合的に物事を見ることはできないので、日常的に何かを経験したり解釈したり感じたり判断したりするということは、常に虫眼鏡を通して世界を見ているようなものなの。そして私の頭の中には2つの虫眼鏡がある。

1)ひとつは自分の内側をみる虫眼鏡。

2)もうひとつは外側から自分をみる虫眼鏡。

1)の自分は今の生活を結構気に入っている。素晴らしい娘を授かり彼女の母親であることがこの上なく幸せで、満たされている。おしゃれしたり贅沢したりすることはないけれど、全ては事足りていて服装も生活スタイルもシンプルなもの。このシンプルさがなんだか自分たちにフィットするような感覚で心地がいい。

でも、2)の自分はスティグマとか世間体とかに悩まされている。周りに認められたい、どこかに属したい、馴染みたいと思っている。一人で、若くして母親になり、アジア人で、女性。民族的にも、性別も、今住んでいるヨーロッパの国ではいわゆる被差別分類に属する。それに加えて若くしてシングルマザーでPhDやってます、なんていう私は、この男性社会、白人社会のアカデミアではパワーレスな存在。スティグマ、といってしまうと大げさに聞こえるかもしれないけれど、結局は同じこと。女だから、アジア人だから、とかいう括りでラベルを貼られ相対的に下の方に置かれ軽んじられてしまうことは、残念ながらあると思う。

人間は、他人との関係性の中に生きることを避けては通れないので、2)の視点やその視点から生み出される苦しみや悩みなんていうのは、かなり切実なもの。だから多くの人は世間体を整えようと必死になったり、周りの人に認められるような仕事についたり、「きちんとした」服装をしたり、ある程度の年齢になったら結婚したり出産したりすることに精を出す。

でも、これには3つ問題点がある。

1つめは、2)の視点は自分自身が創り出した幻想でしかないということ。私はいろいろなラベルを貼られて下の方に置かれてしまう、なんて書いたけれど、それは現実ではない。正確にいうと、それが現実であるという保証はない。2)はあくまでも自分が外側から自分を見ている視点であり、それが周りの視点と一致しているとは限らないーむしろ、一致していない可能性の方が圧倒的に大きいのだ。

2つめの問題点は、2)で見る「外側からの視点」は無限に多様であること。100コミュニティーがあれば100の違った見方感じ方があるし、その中の1つのコミュニティの中に100人いればまた100の違った見方がある。つまりあなたが同じことをしていても、良いように見て賞賛する人(やコミュニティ)もいれば悪いように見て批判中傷する人もいるのだ。上記の、他人との関係性という意味でいうと自分と他人との関係性は無数にあり、その関係性次第であなたの行動や人となりの見え方も無数に多様であるということ。

最後に3つめは、その無数にある関係性の中で、一番大事なのは自分自身との関係性であるということ。考えてみると、2)で外側から見ている自分も、結局自分の視点なのだ。

周りにいる同僚や上司、友人や知り合いでも、1)の自分の内側を見る視点を軸にして生きている人は(本当にごくごく少数しかいないのだけれど)素敵だな、と思う。

私にとって1)を軸に生きるとはどういうことかと考えると、結局は信念ということろに行き着く。信念とは、私はこうやって生きる、という決断と覚悟のこと。失敗しながらでも、転びながらでも立ち上がって這いずりながらでもカッコ悪くても前に進むこと。誰が何を言おうと批判されようと私が正しいと思う道をまっすぐに進むこと。それが私にとっての強さである、と信じること。そして2)に揺らがされることのないくらい確固たる1)をもつー自分の内側にある幸せと充実感を思う存分に楽しみ味わう。私にとって本質的に生きるとはこういうこと。

2018年3月11日日曜日

中盤地点

こちらでの4年契約のPhDも2年間が過ぎ、ちょうど中盤地点。
この2年間、いろんな困難やチャンスが次々と舞い降りてきて(ふりかかってきて?)、めまぐるしく、エッまだこれで半分なのか、と意外な感覚だ。
きっと、仕事や研究の面だけでなく、人との関係や自分自身についてもそれだけたくさんのことを学んできたということなのだろう。

最近感じていたのは、自分自身が思っていた以上にambitious、上昇志向だったということ。
成長欲や学習欲が人一倍高い。
もちろんこれは強みであり、だからこそこうやって異国の地で子連れでPhDという仕事を始め続けていられるのだけれど、最近この自分の「癖」を少し見直したいなと思っている。
というのも、盲信的に上を上をと目指しているのでは、せっかく今見られる景色を急ぎ足で通り過ぎているようなものだと気付いたからだ。
目標点を基準にそこへ行くまでの道程ばかりに気をとられていては、「今の等身大の自分」に満足することができなくなってしまう。
それに、進んでいく過程で目標点自体が更に上へ、更に先へと動いてくので、そこへ向かって歩く道程もきりがなくなってしまう。
マラソンをしていた時もそうだったけれど、あと何キロ、今で何分の1、とか考えていると、気が遠くなることがある。
そういう時は、前や周りのランナーをみるのをやめ、自分の足元を見て、一歩一歩左右交互に出ている足を見つめて走った。
それと同じように、PhDも、こちらでの生活も、目標を見据えながらも今を大切に、足元をみて一歩一歩を踏みしめていく、ということを意識している。
PhD1年目に書いた、「この4年間で達成したい目標」とやらを引っ張りだしてきた。1つづつ検討して更新していく。

1)教えられるようになる。(オランダ語で・・・はちょっとambitious過ぎる気がするので、とりあえず英語で・・・)
→一応、もう教えられるようになっている。来月もまた講義の機会があるし、今年もできるだけ講義は積極的にしていこうと思っているので、目標は、「質の高い講義ができるようになる」に更新。

2)今同僚と進めているプロジェクトで期待以上の成果をだす。
→論文は一本仕上がったので、これは1つの成果。なかなか満足のいく質の論文が出せたと思う。プロジェクト自体は、ワークショップも2つ企画実施してこれもまた成果。・・・なのだけれど、その成果を本にして出版するという計画が、せっかく資金調達も成功して準備は整っているのに、インドネシアのカウンターパートと共同で進めているため進行速度が亀のように遅い・・・。でもこれはインドネシアのカウンターパートを含めたプロジェクトには避けて通れない道だそうなので、これも経験と思って辛抱強くあまり焦らずできることをしていこうと思う。遅れに遅れている本出版の計画、今年中にはなんとかまとまるといいな・・・。

3)インドネシア語で”operate”できるようになる。(インタビューを含めて、プロジェクト運営とかもインドネシア語でできるように)
→これが5つの目標の中で一番できていない。予想外だったのが、英語(academic writing)もオランダ語もフランス語もやっぱりやらないといけないんじゃないかと思ってレッスンをとったり練習したりして時間と労力を割いてきたこと。インドネシア語はもちろんフィールドワークの半年間でかなり上達したけれど、まだ怪しいので、自信を持ってオペレートできるようになるまでコツコツ練習しよう・・・。

4)Academic Englishは、他の人の書いたものを読んでフィードバックできるまでになる。
→これももうある程度できるようになった。書くことは好きだし、これからも活かしていきたいのでacademic writingとかcreative writingのスキルは磨いていきたい。これも、質のいい文章を書けるようになるように。

5)もちろん、論文を期限通りに仕上げる。(4年間で仕上げた人は、ほぼいないそうだけれど・・・)
→これも今のところは良いペースできている・・・はず。
 
あと1つ追加したいのが、オランダ語とフランス語・・・。オランダ語は直近のニーズ(娘のオランダ語についていく・・・とまではいかなくても理解してあげられるようになりたい)があるし、オランダ語もフランス語もPhDが終わってからヨーロッパで仕事を探すならある程度の基準にまでもっていっておいた方がオプションが広がる。といってもむこう2年間の優先事項にはできないし隙間時間でできることにも限りがあるので、日々の生活の中でチャンスを最大限に活かして(フランスに行く時とか、オランダ語については娘の本や街中の看板などから単語を拾ったり)、いざチャンスがあったときに短期間(半年以下)で集中的に学んでワーキングレベルまでもっていけるようにしておきたい。
 
 

2018年1月3日水曜日

ゆくとしと来る年

2017年はかなり慌ただしく、混沌とした1年だった。

バリに出発する2週間前に娘の病気のことがわかり、ヨーロッパから持って行く薬の確保や税関対策、現地での病院の確保などなど家族や同僚と連携プレーでなんとか出発した。

フィールドワークは結果的にうまくいったのだけれど、根を詰めすぎたせいか途中であやうくバーンアウトになる直前までいった。おそらく疲労で1週間話せない・食べられなくなるくらいの人生最悪の口内炎ができたり・・・。結果は出たけれどかなりインテンスでストレスフルなフィールドワークだった。

オランダに帰ってきてからも、学会にでたり論文を仕上げたり教えたり・・・と仕事が休まることのない中、新しく借りた家にうつり、娘はオランダの現地校に通い始め、それをできるだけサポートしようと私もオランダ語を(数年のオランダ生活を経てついに)習い始め・・・。

そしてこんなところで書くのはかっこ悪いかもしれないけれど、年の始めから1年くらいお付き合いしていた彼とも年末にお別れすることになってしまった。混沌とした1年間、娘を含めて私たちを受け入れてくれ、サポートしてくれた彼だったのだけれど、オランダに帰ってきてから私が借りた小さな家に実質的に3人で住むことになったのが急すぎたのだと思う。娘もかなり懐いていたので、私たちが別れることで必然的に彼女にも影響が出ることがとても辛かった。「普通」の生活、家庭を彼女に与えてあげられないことが、すごく情けなく、悔しかった。

占いなんて普段は気にしないのだけれど、毎年元旦にお参りにいく神社ではおみくじをひく。今年のおみくじには「辛いことや苦しいこと時期があっても、それは神が与えた試練であり、自己の行為を反省し、心をみがき、誠心をつくして、家庭を守り仕事を大切にすれば、新しい道が開ける」というようなことが書いてあり、なんだか見透かされたような気分になった。

私も一人の人間。常にいっぱいいっぱいで頑張り続けることはできない。子育てをしていても、人間関係でも、仕事でも間違いはするしまだ未熟なところも多いけれどそれでもいい。そして、2018年はもう少し穏やかな年にしたい・・・。

今年の目標は、
1)自分の内面に目を向けること。
自分の限界を知ること。責任感や義務感にとらわれて忘れてしまいがちな、自分の感情や体調に耳を傾けてやること。日常生活の小さいことから大きなゴールのレベルまで、「自分がやりたいこと」を意識すること。

2)感謝をすること。
「ないもの」や「失ったもの」ではなく、「今あるもの」「今もっているもの」に目を向けて精一杯尽くし感謝する。それは過去を振り返ったり、後悔の念にとらわれたりしてしまいがちな時に、「今」に集中し「今」を精一杯生きることでもある。例えば、今の私にはいわゆる「普通」の生活や日本でのぬくぬくとした家族との生活はないけれど、自分で選びとった道を行っているし、オランダで不自由ながらも精一杯やりたいことをやっている。周りの人たちも、足らないところや不満があるところにはある程度目をつぶり、良いところ尊敬できるところにフォーカスして感謝をしたい。

3)自然体でいること。
強がったり、大丈夫できてますというふりをするのではなく、弱い自分も、できないかっこわるい自分も、人に見せるのを恐れない。弱っている時は弱くてもいいし、できないことがあってもそれでいい。背伸びしたような感じで始めたPhDももうすぐ2年(半分)が過ぎるので、そろそろ背伸びはやめ。自分の実力をつける努力は怠らず、でも自分の力が足りない部分はそのまま見せていい。それができるのはこの2年で同僚や友達とのある程度の信頼関係(自然体でいても、受け入れてもらえるという)が築けたからなんだと思う。