2012年9月15日土曜日

ミャンマー人がNOKIAを使わない理由

KIAと聞くとみなさんは何を思い浮かべるだろうか。

韓国の自動車会社Kia motors?

フィンランドの携帯会社noKIA?

あなたがミャンマー人なら、そして特にカチン(ミャンマー北部の地方の名前)民族なら、

まずKachin Independence Army(カチン独立軍)がでてくるだろう。

カチン州は中国との国境地域にあたり、川や山などの美しい自然に囲まれた地域である。
ヒスイの産地としても有名であり、中国に向けての輸出産業が盛んである。

そんなカチン州では、KIAと政府軍との間で内戦がおきている。



KIAは、1961年に当時の将軍であったネーウィンが中央政権国家を目指しとっていた地方支配政策に対抗して結成された。
以前はカチン州独立のために結成されたKIAだが、今では連邦国家建設を目標として戦い続けている。

こういった事情があり、カチンでKia motorsやNOKIAユーザーを見かけることはないという。
Kiaの自動車を使っていても、KIAのロゴは取りはずすのだという。


彼らはなぜ、連邦国家を望んでいるのか?

その説明にはまず、多民族国家でありかつ民族意識が深くしみついているミャンマーの社会について触れなければならないだろう。

ミャンマーでは大きく分けて8つ(カチン、カヤー、カイン、チン、モン、ビルマ、ラカイン、シャン)、全体で135にも及ぶ民族が存在する。

そしてその民族意識は、宗教に対する意識よりも深いものといってもいいだろう。

つまり、自分のアイデンティティーの中で、民族というものが大きな割合を占めているのである。

ミャンマーで出会った友達、仕事の仲間の中にはカチン族の人が多い。

彼らと会ったその当日には彼らがカチン族だということを知った。

つまり、民族の紹介は自己紹介の一部として行われるのである。外国人に対しても、だ。

ここで話を戻すと、少数民族であるカチンが連邦国家を望むのは、その深く根付いた民族意識のために、ミャンマー政府がビルマ族しか雇わないという民族差別政策が理由である。

しかし今のミャンマーに本当に必要なのは連邦国家なのだろうか。

他の途上国と同様に、ミャンマー社会全体では人材不足が問題になっている。

限られた優秀な頭脳、これからミャンマーが実現していこうとしている民主主義を理解しているごく少数の者たちが集まり、国をつくっていくべき時なのではないか。

アウンサンスーチーも、「まずは国として統一することが最優先」と意見を述べている。

そしてKIAが本当に求めているのは連邦国家なのだろうか。

彼らが反発している理由はよくわかる。

民族差別政策によって政府がカチン族を採用しなければ、ミャンマーはビルマ族だけに都合の良いようにつくられてしまう。

問題解決は連邦国家にあるのではなく、この政策を「なんとかする」ことにあるのではないか。

ただ、「なんとかする」のがどれだけ難しいのか私にはわからない。

KIAの彼らにとっては限りなく不可能に近いことなのかもしれない。


先ほどふれたカチン族の友達は、もともとカチンで会社を持っていたり、カチンに家族を残してきたりしてヤンゴンにうつってきた人たちだ。

私はただ、彼らのホームを奪っているこの内戦にやるせなさを感じ、政府が他民族国家という大きな特徴を考慮した政策をとり、早く内戦が終わり彼らのホームを返してあげてほしい、ということを願うのみである。

2012年9月13日木曜日

政府の目はどこにある?

ミャンマーでは最近、政府がセンサーシップ(検閲)の解除を表明した。

長い長い軍事政権のなかでずっと手に入らなかった”表現の自由”がついに国民の手に入ったのだ。

今まで抑制されてきた欲求が溢れ出すかのように、国民は本を貪り読む。
今まで検閲によって出版が禁止されていた本たちも書店に並ぶ。
”情報”への欲求に応えるように次々に新しい新聞や雑誌が発行される。
道端の屋台では毎日20種類以上もの雑誌・新聞が並べられている。


「センサーシップは解除された」

政府の発言はいかにも実現されたかのように見える。

しかし、数十年かかってしみ込んだ汚れを、一夜できれいにぬぐい去ることはできない。

センサーシップはなくても、政府の監視の目は依然としてそこにある。

つまり、出版前に”検閲”され出版を禁止されることはないが、

そのかわりに出版後に政府の目にとまる記事や本があれば、責任者は刑務所行き、ということである。

ミャンマー人で教育家かつジャーナリストであるAさんは、自身で英語学校を経営する傍ら、政治系雑誌を発行している。

よく食べ、よく笑い、ジョークもとばす彼だが、政治に対する姿勢は鋭く、ミャンマー外国投資法が改正される際にもネピドーにある国会議事堂へ赴きその場に立ち会ったという。

彼の政治思想はかなり左よりである。
もちろん、彼の発行する雑誌も政府の目にとまるかとまらないかのきわどいものが多いであろう。
政府にとっては目の上のたんこぶのような存在である。

そんな彼が麺をすすり、笑いながらこんなことを言う。

「数日後には刑務所に送られてるかもしれないな」

センサーシップを解除した今もなお政府の監視の目に晒されるこの状況は、今のミャンマーの現状をよく表しているように思う。

軍事政権は倒れた。

しかし、未だに国民はその影に怯えている。

長く、そして深く刻まれた傷跡は、一朝一夕で癒されるものではないのである。


2012年7月30日月曜日

ハーグのビーチで見る夕日ろまんちっく
リヨンで。五線譜みたい
料理上手なルームメイトのティラミス。

私にとってこの1年間は、ただの1年間だった。

海外で勉強したから特別チャレンジングな1年間だったと威張れるわけじゃないし

何と何を学んでこのゴールは達成できなかったとか分析する気分でもない

この1年間は私が生きてきた22年間のただの22分の1であり

私が1年間でしたことを一言でいうと”ヨーロッパに住んだ”だけ。

こういうとなんだか平凡な留学生活だったんだなあと思う人も多いだろうけど

私なりにいろいろあったんだよ

まあまあいけてると思い込んでた英語が、ヨーロッパに来ると発音のせいで通じなくて自信なくしたり

だから”通じればいいや”と思っていた外国語を、正確な文法と発音で話そうとトライした

いろんな国やバックグランドを持つ人たちに囲まれて何が自分の価値観なのかわからなくなったり

だからこそ自分と他の世界との境目を必死になって探した

友達に誘われて3人のオランダ人と私で住むことになったり

その中の人間関係でいろいろあったり

自分なりに自分が築きたい友達関係とか恋愛関係について考えたし

いくつものスケジュールをつめつめにして時間を最大限に活用しようとする自分のスタイルを省みてみたり

ちょっとは隙間をつくるようになれたと思う

あ、そしてこっちきて太ったり


でもこれらって

いつでもどこにでも起こりうる普通のことだと思う

どんな変化でもネガティブな面とポジティブな面が共存するから

1年間で変わった部分が成長なのか後退なのかは

それを判断する人次第

でもその変化は環境やタイミングがもたらしたものじゃなくて

私自身が生み出したものだと胸をはって言いたい。


待ってろ日本

待ってろミャンマー

待ってろボストン

待ってろこれから訪れる国たち

どこにいっても私は自分なりの”日常”を送りたい。

2012年6月11日月曜日

日本イベントと模擬国連とインターンのお話

友達と行ったバイクトリップでの写真。こんな黄色い自転車どこで見つけたのかって?自分で塗りました。笑
よっこらしょ、と腰をあげ久しぶりに日記をかいてみる。

オランダでは、日本でできなかったことをしよう、というのが留学を始めた頃に決めた目標のひとつでした。

つまり、あまり活動をしたり役割についたりすることはせずに、本を読んだり、勉強に時間を割いたり、言語の学習をしたり、のんびりしたり。

ところが私はやっぱりのんびりするというのが性分に合わないようで、いつの間にかいろいろなことに関わってしまっています。




ひとつめ。気付いたらライデンにある日本人のコミュニティ「若武者」の代表になってしまい、5月に震災復興支援の活動をしている団体を紹介してオランダ人と支援活動の「架け橋」にすることを目的をしてイベントを開催することに。カレーと枝豆を売り、売り上げは紹介団代に寄付。紹介団体のリンクは以下。
Power of Flowers(花の力) http://hananochikara.org/
希望の鉛筆プロジェクト http://kibounoenpitsu.jp/
Japan Art Donation  http://japanartdonation.org/
猫耳ぼうしプロジェクト www.facebook.com/Kattenmutsen
日本人はもちろん、こちらにいる日本に興味のあるオランダ人たち(ライデン大学はオランダ唯一の日本語学科がある大学として有名なのです)も巻き込んで一緒に準備していると、イベントのオーガナイズの仕方にも日本流をオランダ流があることに気付きます。日本人は細かいところまできっちりと計画する「用意周到」派。オランダではもっとフレキシブルな「臨機応変」という言葉が一番しっくりくるのではないでしょうか。




ふたつめ。5月にEuroModelUnitedNation、いわゆる模擬国連というものに参加してきました。Delegates from Leiden Universityとして参加するということで、オランダ人と一緒に今トレーニングをして臨んだのですが、さすがオランダ人、そしてさすが模擬国連経験者、みんな議論がうまい。はやい。ふかい。いわゆるプレゼンテーション能力、public speaking能力、そして議論を進める能力がずばぬけて高い。こういったパブリックスピーキングの練習は中学高校の頃から学校でよく練習をしてきたそう。よく「プレゼンテーションが下手」と言われる日本人は、彼らから学ぶことが多いのではないでしょうか。トレーニングで教わったコツの一部を紹介すると
1:pause(間)をうまく使う
次に言いたいことがすんなり出てこない時、well, ah, eh, などgap fillerを使うよりは、黙って間をつくる方が効果的。逆に間を使うと言っていることに重みがでる。
2:keywordのみをメモする
原稿をまるまる手元に置いておくのではなく、ある程度言いたいことをまとめたらキーワードを書き留めてスピーチに臨む。そうすることでアイコンタクトもとれる。説得力がでる。
3:クオート(格言)を使う
使えそうな格言、自分の好きな格言をリストにしておいて、臨機応変に使えると「なんかすげー」ってなる。笑

私はRio+20の会議の想定でthe delegate of Chinaとして参加したのですが、とにかく始めの間に積極的になることが大事だということを実感しました。模擬国連はつまり交渉の場なので、パワー関係、誰がリーダーシップを握るかというのは始めに決定されます。始めのうちに積極的なdelegateとして認識され、皆に信頼されると後からの交渉がずっと有利になります。
優秀なライデンdelegateたち。
開催地のマーストリヒトもすごくきれいな街でした。




みっつめ。今、ライデン大学で教授のアシスタントとしてリサーチインターンをさせてもらっています。テーマはClaims and facts on land, water and environment: socio-legal issues in Jatropha cultivation in NTT。簡単に言うと
「インドネシアでジャトロファ(バイオ燃料のもとになる植物)の栽培が導入されてるけど、実際のところ法制度とかどうなってるの?現地の人たちはどう思ってるの?」
ってことです。笑
これはライデン大学のリサーチ機関The Van Vollenhoven Instituteのリサーチプロジェクトの一環なのですが、このリサーチ機関、すごい。ロースクールの建物の4階に入ったとたん、インドネシアのオーナメントがいっぱい。インドネシアや開発法学関係の本、雑誌などもいっぱい。そしてそこにいるオランダ人教授のほとんどはインドネシア語がぺらぺら。半数はアラブ語がぺらぺら。(イスラム圏の国の法制度のリサーチも盛んなのです)
開発法学、環境、インドネシアと私にとって理想のインターンシップなので帰国まで精一杯やっていきたいと思います。



以上近況報告でした。そうそう、7月28日に関西、8月上旬に上京の予定です。みんな会ってね。

2012年3月7日水曜日

selfish readingのすすめ



 (数週間前のライデンの写真。寒すぎて凍った河の上にカフェをひらいちゃうなんともクリエイティブなオランダ人。)



全学生のみなさん、そして特に留学中のみなさん。

授業の予習復習Readingの量はんぱない!って思ってません?

そうなんです。

日本やフランスだと大学では朝から晩まで授業があって、とりあえず出席してればオッケー、そしてテスト前につめこめば大丈夫。

っていう方式なんですが、

オランダの大学制度は北欧のものと似ていて、

「授業時間が少ない代わりに自分で勉強する時間がはんぱない」

最初は膨大な量の英語のreadingにおいつこうと思って一日中図書館にこもってテキストを読んでたんですが、きりがないし健康にも精神にもよくない。

ってことで

速読の練習。テキストやarticleを読んでいても教授や著者が伝えたい大事なポイントがどこに書いてあるのかわかるようになるように練習しました。これでだいぶ予習は楽になった。

だがしかし次の課題は、読んでも内容覚えらんない!毎日インプットする情報の量が多すぎてつるつる抜けていくんですね。

ただ最近集中して読める時とどうしても集中できない時の違いに気付いたんです。

集中してる時は「ここで得る知識をどうやって活かせるか」を考えながら読んでる。

つまりアウトプットを見据えたインプット。

この話題をこの人に話したらおもしろい議論になりそう、とか

これを日本で実験したらどうなるだろうか、とか

自分の将来の夢を実現するためにどうやって役立てようか、とか
要するに自己中心的に読めばいいんです。


そういう風に読むと後々印象に残るし、critical thinkingも自然とできてることに気付くと思います。



人の話を聞く時も同じ。

ただ受動的に聞くんじゃなくて、

この人のこういうところ見習おう、とか、

この人の国の制度を日本で応用してみたら面白そう、とか

自分なりの視点で聞くことで会話もうんと楽しく建設的なものになる気がします。

2012年2月3日金曜日

語学学習のおはなし

ライデン大学の授業はスケジュールがとても不規則です。

あるコースは学期はじめに始まって学期半ばに終わったり、

はたまた別のコースは学期半ばに始まって学期終わりにテストがあったり。

examのretakeがない限り学期終わりは暇なのです。

というわけで1月に授業が全くない!

暇でいることができない私。フランスで1ヶ月間語学学校に通うことに決めました。

目的はもちろんフランス語の練習とフランスのパンとワイン。





けど私にとっての一番大きな目的は ”語学コンプレックスを克服すること” でした。

というのも自分の頑固な性格と耳の悪さゆえに語学の習得ができない(関東に2年半いても関西弁は活き活きしてるし、英語も日本語の発音がぬけないし。)というコンプレックスがあったから。自分の苦手分野に分類していました。

フランス語は発音が難しく、文法もややこしいので私にとってコンプレックス克服という意味ではパーフェクト。

よし、ぼんじゅーるで行ったろやないか!

と意気込んで行った初めてのクラス。

• • 。

何もわからん。

そうなんです、独学で文法をやっていたせいで読む、書くはある程度できるため、web test(読み書きのみ)の診断でそこそこのレベルのクラスに入ってしまったんです。

高校の時からフランス語をやっている子、既にフランスで1年間生活している人、スペイン語イタリア語母語者(フランス語と似ているのでadvantageなんです。)....

その人たちのレベルに合わせて話す先生、説明も全てフランス語で行われる授業、jokeを交えてテンポよく進む会話...(もちろん皆が笑うところで私はポカーンです)
最初の1週間は毎日授業後はお腹がいたかった。笑

家に帰ってフラットメイトと英語でしゃべれるのが本当に幸せだった。

でもそこで諦めたら負けや!ってことで

Anki(自分でカスタマイズできる辞書。語彙増強におすすめ)
http://ankisrs.net/

BBCのフランス語学習プログラム(Ma Franceってやつでリスニングを強化するのに使った)
http://www.bbc.co.uk/languages/french/

podcast(歩きながらとか移動中でも聞きながら練習できるのがいい)

Ajourd’hui Japon(日本の時事をフランス語で書いてあるweb新聞。reading用)
http://japon.aujourdhuilemonde.com/

あとは授業中わからなかった単語は日本語でメモして後でフラットメイトに聞いたり

何も買いたくないのにパン屋さんに行ってクロワッサン1つ注文してみたり

2週目には何について話してるのかくらいはわかる

3週目には会話を理解でき、質問できる

4週目には発言、会話できるようになりました。

初め私が何もわからないのを察してかずっと

「Hoko, Ca va ? (大丈夫?)Tu Comprends? (わかる?)」

って聞いてくれていた先生も、最後の授業で

「早く進歩したね。」

って声をかけてくれました。

もちろんまだまだjokeで笑えないとか発音がむちゃくちゃとか課題はいっぱいあるけど、

語学コンプレックスは克服できた、はず。(発音コンプレックスは健在です。笑)



1ヶ月フランス語を学んで、習得したことといえばもちろんフランス語の基礎なんだけど

語学(学習)の性質ということについてもいろいろと学ぶことがありました。

例えば語学がもたらす”幅を広げる”可能性の話。

よく”自分の世界を広げるために語学を勉強しなさい”っていうけど、

それは”コミュニケーションできる人が増える→いろいろな人と情報交換できる”

っていう意味で解釈してたんです。

でもそれだけじゃなくて

いろんな語学をマスターすると自分の中の考えの幅が広がる

っていうことなんだなって。

ジョージ=オーウェルの1984を読んだ人はわかると思うけど、

小説に出てくる全体主義国家を目指す国では、単語数は最小限、シンプルで、その内容もニュートラルでないNewSpeakという言語が開発されています。

NewSpeak開発の目的は”国民の自由な思想を制限するため”。

言語って、それくらい思想のために大切なんです。

例として語学学校で会ったコロンビア人の男性とその妻のフランス人の会話を挙げると

彼ら、英語フランス語スペイン語を交えてナチュラルに会話するんです。

英語フランス語日本語で例を挙げると

「I bought みかん au supermarché」 笑

なんでそうなるのか聞くと、

「3つの言語の中で一番言いたいことに近い(suitする)言葉をピックアップしてるの」

という答えが。

それぞれの言語にはそれぞれ特徴があって、独自の語彙もあって、この言語でしか表現できないっていう場面に最近よく出くわします。

考えてみるとそういう言葉はよくその言語を使う国の文化を表しているからまた面白い。



あとは能動的語彙と受動的語彙。

受動的語彙っていうのは聞いたり読んだりすれば理解できる語彙。

能動的語彙っていうのは自分が書いたり話したりする時に使える語彙。

上で紹介したAnkiで語彙は増えるんだけど、会話になるとなかなかそれが浮かんでこない...っていうことがよくありました。

ただ語彙を増やす、って目的を設定するんじゃなくて、

自分がその語学でしたいことに合わせて受動的、能動的語彙の区別を意識して語彙を増やしていくと効率的。



リヨンからパリに帰る電車の中でたまたま会った映画監督さんが解釈してた日本画の通訳をしたり

パリでスーツケースの足を1つなくしたり

ハーグで電車を乗り間違えて朝の5時に3時間彷徨ったり


いつも通り(?)のハプニングだらけの旅の終わりでした。

ライデンに帰ったら気温はマイナス5度で、河が凍ってました。

あと数日したら河でアイススケートできるようになるらしい。

2012年1月3日火曜日

新年!



随分遅くなりましたが新年のご挨拶と、今年の抱負を。

え、もう1月3日だけどって?

ヨーロッパと日本では時差があるんです。



今年の大晦日、新年は家族と一緒に過ごさない人生で初めての年越し。

年越しの祝い方も年越しそば食べてこたつにくるまって紅白を見る日本とは全く違って、

フランスで彼氏の友達やそのパートナーたち30人が集まってパーティー。

踊ったり飲んだり跳ねたり飲んだり歌ったり飲んだりするフランス人たちを見ながら

私は1組のカップルが連れて来た赤ちゃんと遊んでました。笑

新年も、神社に行くわけでもなく、おせちや餅を食べるわけでもなく、

残り物の洋梨ワインやらパンやらチーズやらを食べながら

家族からかかってきたスカイプで自慢される数々の日本料理たちに口を潤わせてました。笑




さてさて

去年の目標は

「当たり前のことを当たり前にしない人間になること」。

100%達成できたかって言われると答えるのは難しいけど、

大学での授業は本当に楽しくて、鬱陶しがられるくらい毎授業後に教授に質問に行ったり

立ち上げた団体ではケニアに行って国際会議に参加し現地の人たちにプレゼンをしたり

人間関係も大事にしたい友達には真摯に接してきたつもり。


こっちに来てから自分の中ではいろいろと変化が起きてて

(良い方向へなのか悪い方向へなのかはまだわかんない。)

日本では感じない種類の悔しい思いとか無力感とか戸惑いとかもあったけど

今年の目標もそんな変化の表れかなと。

ずばりその今年の目標は....

(ドラムロール)←これ毎年やってる気がする。笑

「実るほど頭の垂れる稲穂かな」

これは私の名前の由来になっていることわざ。

意味は、

「実りをつけるにつれて穂の先が地面に向かって垂れていく稲穂のように、

偉くなる程、賢くなる程、威張らず謙虚であれる人間になりなさい」(個人的解釈)。

今までは優秀で自信家の人(ヨーロッパの人に多い。笑)がすごいなーって思ってたんだけど、

謙虚になることと自信を持つことの両立の仕方がわからなくて。

でも

こっちに来てから一番仲良くしてるオランダ人の友達(27歳。笑)がすごい博識で優秀なんだけどそれを威張ったり誇示したりしないの。

彼に「自分に自信ある?」って聞いたら

「I know what I can do.(自分のできることは分かってる。)」

って言ってた。

他の人と比べて「自分は他の人にできない能力がある、他の人より優れてる。」

っていう類いの自信を持ってしまうと、

自信があることと謙虚であることの両立が難しくなってしまう。

でも

自分ができることを知っていて、その範囲では自信があるけど、違う分野では他の人の才能や能力を尊重できる

っていう類いの自信なら両立できるんじゃないかな。



あとは

「己に厳しく、ひとに優しく」。

こっちに来ていろいろなバックグランド、国籍、年齢のがいるじゃない?

皆それぞれ違った価値観、考え方、習慣を持っていて、そのギャップに戸惑った経験、留学経験者なら誰にでもあると思う。

ミーティングするって言ってんのに半数が来ない個人主義のヨーロッパ人

掃除しようって言っても、3分掃除してはいキレイになったって言う中国人

ランチに3時間かけて授業に遅れてくるイタリア人

あ、これはあくまでも例ね、例。

同じ日本人でもそれは然り。

もっとこうすれば要領よくできるんじゃないかな、とか

もっとこういう風に言えばいいのに、とか

我の強い私は「私ならこうする」基準で考えてしまってた節があって

フラストレーションがたまったりしてた。

でも私だってきっと他の人から見たら理解しがたいところあるだろうなーって。

「私だったらこうするのに、この方法の方がいいのに、ああだめだなあ」

じゃなくて
まずその人の思惑や文化、背景を理解することから始めよう

ってことです。




長くなったけどここらへんで。

皆様、今年もよろしくお願いいたします。