ここ数年、10代の若者のメンタルサポートケアをLINEで行う団体のボランティアとして活動している。毎日何十人もの若者が助けを求め、何百通ものメッセージが団体に送られてくる。私が担当した子の一人に、父親から性的虐待を受けていた女の子がいる。初めて彼女とLINEで話したのは数年前だったか、その時は毎日のように死にたいとメッセージが来て、その度に彼女の気分がなんとかおさまるまで何時間も話に付き合うこともあった。父親がいる家に帰りたくなくて、寒い中ずっと外にいるという彼女になんとか安全な場所に移動してもらおうとやきもきしたことも何度もあった。
様々な自傷行為をしていた彼女、何度目かの自殺未遂で彼女は病院に送られそこから緊急入院することになった。入院中は携帯を触れないとのことでメッセージも途絶えたのだけれど、退院した時にメッセージをくれた頃には彼女はだいぶ落ち着いたようだった。入院期間にあたたかいサポートを受けて心も体も休息できたとのことで安心した。まだまだ苦しみは絶えないようだったけれど、通院してサポートを受けながら少しずつ前に進んで落ち着いてきているようだった。と思ったら最近音沙汰がなくなり。音沙汰なしで数ヶ月が経った数日前、また彼女から丁寧なメッセージが届いた。内容は、連絡ができてなくて申し訳ない気持ちだったこと、両親が離婚して家に父親がいなくなったこと、学校にはいけてないけど幸せを感じられていること。環境の変化はプラスの変化でもマイナスの変化でも大変な労力を使うことだけれど、父親が家にいなくなったことで環境は良くなったのだと思う。
少し話していると、彼女は、幸せだけど、すごく辛いし苦しいという。弱音を吐きたくなくて、迷惑をかけたくなくて、だから辛くて苦しい気持ちを自分で抱えこんでしまう。どんな気持ちになるのかと心に手をあてて聞いてみるように彼女にいうと、とにかく「死にたい」「苦しい」気持ちに翻弄されてしまうという。「死にたい」「苦しい」気持ちの奥には何か他の気持ちがあることが多い。それは不安だったり、怒りだったり、悲しみだったり、いろんな気持ちが隠れているのだけれど、その子の傷が深ければ深いほど、深いところにある気持ちに気づいてあげることは難しくなる。
でも辛い時にその気持ちを掘り下げて(または、人に話を聞いてもらうことで気持ちを掘り下げるのを助けてもらって)、自分の気持ちに気づいてそれを認めてあげることは、大変な癒しになる。
それから・・・他の誰かに、その気持ちを受け止めてもらうこと。辛かったね、怖かったね、不安だったね、と、認めて受け入れてもらうこと。その過程を経て苦しみは和らいでいくのだと思う。
私が自分自身の子育てで意識していることも同じ。娘が苦しい時や辛い時、ネガティブな感情を感じて表現している時には、そうだね嫌だったね、といって抱きしめる。それだけで、彼女の苦しさが昇華されるのが伝わってくる。