2016年3月12日土曜日

ワークライフバランス


自宅の窓から見える、湖に登る朝日。


この仕事の選考のプロセスの面接で、面接官の一人であり、私を5年前から知っている、私が一番尊敬している教授がこう質問した。

「4年間の研究の中で、インドネシアでフィールドワークを一定期間することが期待されているけれど、これについてはアレンジできる、という認識でいいんだね?」

彼は私に小さな娘がいることをよく知っているので、私はてっきり

「4年間この仕事をするうえで、子供はどうするつもりなの?」

と聞かれるものだと思って、ちゃんと答えも用意していただけに、私は拍子抜けしてしまったのを覚えている。

「アレンジできるという認識でいいんだね?」

という彼の質問は、「もちろん子供のことも考えた上でアプライしているのだろうから、そこがアレンジできるかどうかは、深く聞かずとも君の判断を信頼します。それでいいね?」ということだったのだと思う。

この面接の結果採用されたことには、2つの意味が含まれている、と私は解釈している。

1)子供がいて時間や自由が限られていても、他の子供がいない人たちに劣らない結果がだせると信頼されている。

2)子供がいて時間や自由が限られていても、それに関係なく結果を求められている。

仕事が始まって2週間が過ぎたけれど、あらゆる場面でこれを実感する。



まず、周りの同僚のPhDたちは、平均年齢が高いこともあり、半分が子持ち。隣のデスクに座っている女の同僚なんて、3人の子供を育てながら夜寝る間も惜しんで研究をしている。だから、子供をもちながら研究をしているのが特別でもなんでもない。(それに「若くして」とか「シングルで」というのがつくとちょっと珍しくなるくらい)

これは、相当やりやすい。

なにより周りの理解があるし、同じような立場にある人が多いので悩みを共有しやすい。

それに、「ワークライフバランス」を絵に描いたような社会のオランダでは、みんな10時に出勤し5時に帰宅する。週5の勤務契約でも、出勤は週3か4で、残りの日は自宅で仕事をする、という人も多い。

ただ家に帰って子供たちが寝てから仕事してるよ、という人も多いようだけれど、それも勤務時間の問題でなく、「まだ残っている仕事を終わらせたいから」。

私は週38時間勤務の契約なのだけれど、少しでもそれより多く働いていると「なんでそれ以上働いてるの?」と聞かれる。

「え〜っと、それは・・・日本では規定以上働くのが普通で・・・特に勤務初年の人なんかは休みもないくらい・・・私はまだまだ未熟で学ぶべきこともいっぱいあるし、できるだけ時間をとってやりたいと思ってるから・・・」

なんていうと笑われて「でも、研究の仕事は、たとえばウエイターみたいにそこにいればいいっていう仕事じゃないでしょ?ただオフィスで座ってればいいってわけじゃなくて、オフィスにいる時は頭がクリアで集中できていないと。ワークライフバランスがしっかりとれてストレスや心配ごとなく幸せでないと、それはできないでしょ。」と言われてしまう。

「大事なのは、4年でPhDを終えて論文を仕上げること。そのために週20時間で十分な人もいれば、週80時間でも足りない人もいる。時間数の問題じゃないんだよ。」

・・・本当に恵まれている。



そして、冒頭に書いたあの質問をした面接官は、今私の指導教官(=上司)となってプランニングを手伝ってくれている。

最初のミーティングで彼が「僕は君の指導教官だけど、指導教官っていうのは君の研究についてあれこれいうだけじゃなくて、君が安心してのびのびと研究できるようにサポートする役割もふくまれているから、⚪⚪(娘の名前)のことで何かあれば、遠慮なく言うんだよ」と言ってくれた時は、涙がでそうになった。



そういえば、私が彼を尊敬するようになったきっかけのひとつに、彼の授業で宿題の採点が少し遅れた時に、私たち生徒に向かって

「採点が遅れていて申し訳ない。ただ僕にとって授業と同じように家族との時間も大事なんだ。」

と、堂々と言っていたことがあった。4−5年前の私にとって、堂々と仕事の場で「ワークと同じようにライフも重要なんだ」と言えるというのは、衝撃だった。



世界の中でも国民の幸福度が高いオランダ。この国で子供を持ちながら仕事ができるのをすごく嬉しく思うし、学ぶこともたくさんある。

恵まれていると思う分、期待と信頼に応えたいという自分からのプレッシャーもある。

でも、何よりも、自分のやりたいことができ、その環境が整い、周りの理解もある。そして、何よりも愛しい人と毎日を過ごせる。シンプルな毎日だけど、これ以上幸せなことって、ないかもしれない。